投資雑談

【王者アボット(ABT)の躍進と誤算】心臓血管ステントをめぐる興亡 その2

投稿日:2018/7/28 更新日:

高齢化と、新興国での中産階級の勃興から、成人病である狭心症や心筋梗塞が爆発的に増加することは疑いありません。狭心症や心筋梗塞は、心臓の血管である冠動脈の血流が阻害さえることによって発症する疾患です。その血流のつまりを防ぐための医療機器が冠動脈ステントでした。

前回、そのステントを開発した最強のヘルスケア企業であるジョンソン・エンド・ジョンソン(JNJ)からアボット(ABT)が覇権を奪っていった過程を記事にしました。

今回は、そのJNJが敗北を認めることとなった出来事から記事を始めていきます。

ジョンソン・エンド・ジョンソンの敗北

ジョンソン・エンド・ジョンソンの撤退

冠動脈ステントを開発し、その業界で支配的地位を謳歌していたJNJも、ABTとの競争に敗れその後塵を拝するようになってきたのでした。

そして、ついにJNJが敗北を認める時がきたのです。

2011年6月15日JNJは薬剤溶出ステント『Cyphe(サイファー)』の製造を年内に中止しを発表します。事実上の撤退です。2006年のピーク時には、26億ドルあったの売上金額が、2010年には6億2700万ドルと4分の1以下に落ち込んでいたのでした。

バフェットのJNJ売却

さらに、2012年2月にはバフェットが保有のJNJの大半を売却するとの報道がなされました。バフェットの売却報道によってJNJの売りが膨らみ、2011年に68ドル台であった株価は、61ドル台にまで下落していきます。

しかしながら、2012年5月に61ドル台まで売りこまれたJNJの株価はその後急回復していくことになるのです。2018年7月28日時点では131ドルと倍以上に上昇しているのです。

JNJが売り込まれた時にバフェットに追随しなかった投資家が、結局は利益を得ることになったのです。

盟主アボット(ABT)の躍進と誤算

血栓症を克服するための研究開発

冠動脈ステントの盟主となったABTは、その後も他社の追随を許さない先導を切り始めることになります。

狭窄した血管を拡張するのに使用される金属製ステントは、永久に体内に残るため様々な弊害が出現します。それはMRIやCTで病変を評価しにくいことや、ステントが開胸バイパス手術の邪魔になる等でした。さらに最も重要なことは、金属という異物を体内に挿入することから遅発性ステント血栓症による心筋梗塞の出現が常につきまとうことなのです。

冠動脈に血栓が出現する過程について、イメージがわきにくいかもしれません。今回、そのYouTubeの動画を添付してみましょう。ただし、ステントによる血栓症ではなく、もともとの生活習慣病の動脈硬化から血栓が出現し、心筋梗塞が発症する過程の動画です。ただし、どちらにしても機序は同じです。説明は英語ですが、動画を見るだけで理解できると思われます。

生体吸収ステントの開発

王者ABTはそのような金属ステントの欠点を克服するために、15年かけて生体吸収性ステントを開発をすすめていました。

そして、ついに生体吸収ステントが完成したのでした。

そのステントはポリ乳酸製という生体吸収ポリマーでで構成され、体内に留置された後2年以内に分解されて消失していくのです。その上、表面には狭窄を防止する薬剤がコーティングされてます。その薬剤により、従来の薬剤漏出ステントと同じ再狭窄予防効果を持つのです。

生体吸収ステントは、米国では2016年7月5日に、日本では2016年11月17日に承認されました。

生体吸収性ステントで先導を走るABTは盟主としての地位をさらに確固たるものにしたかに見えたのでした。

生体吸収ステントの誤算

しかし、生体吸収ステントの評価は暗転することになったのです。

2017年春に、生体吸収性ステントを今までの金属性の薬剤漏出ステントと比較する大規模試験の結果が発表されました。

その結果は驚くべきものでした。生体吸収ステントは従来の金属ステントにくらべ4倍近く血栓症が出現することが明らかになったのです。合併症の出現する率があまりにも高いことから、委員会の勧告により臨床試験は早期終了となったのでした。

その後、生体吸収ステントの販売は低迷していきます。ABTもついに2017年9月、全世界で生体吸収ステントの販売を中止することを発表したのでした。

生体吸収性ステントは、2~3年前までの熱狂がすっかり冷めてしまったのでした。かつて、ベンチャーを含め多くのメーカーが研究にしのぎを削っていました。しかし、現在では生体吸収性ステントの開発の多くが止まり、そのコンセプト自体が存亡の危機となったのです。

ABTの広報担当者Jonathan Hamilton氏は、「次世代の生体吸収性ステントの取組は続ける」と述べ、「第一世代製品は、活用経験を重ねることで反復されていくことも多い。ABTの生体吸収ステントは革新的・草分け的機器です。第二世代の開発にこれまでの各種経験を反映させていくつもりだ」と述べてたのでした。

ABTの支配的地位からの陥落

しかし、ABTが生体吸収ステントの誤算による混迷から抜けきらない間に、2017年8月欧州心臓病学会で、ABTの従来のステントを凌ぐ次世代の薬剤漏出ステントが発表されたのでした。

そのステントは、ドイツのバイオトロニック社によって開発され、『オシロ』と名付けられました。

その『オシロ』と、第二世代の薬剤漏出ステントとして頂点を極めるABTの『ザイエンス』が比較試験が行われました。その結果、すべての項目で『オシロ』は、ABTの『ザイエンス』を凌ぐ成績を収めたのでした。

第一世代の薬剤漏出ステントであるJNJの『サイファー』から覇権を奪ったABTの薬剤漏出ステント『ザイエンス』は、今回まで、すべての新製品の挑戦をはねのけてきました。そのような無敵の性能から、ABTの『ザイエンス』は、シェアの7割前後も押さえたのでした。

しかし、今回『オシロ』が、『ザイエンス』にすべての面で良好な結果だったことにより、『オシロ』は「第三世代薬剤漏出ステント」と称されることになりました。

一時期はABTが冠動脈ステントで絶対的な地位をつける勢いでした。しかし、生体吸収ステントでの誤算と、ドイツでの次世代薬剤溶出ステントの発売から、ABTの立場が揺らぎつつあります。

それは、ABT、ボストン・サイエンティフィック(BSX)、メドトロニック(MDT)の3社の寡占市場に、ドイツのバイオトロニック社が加わることになったのです。

盟主喪失による競争激化

ABTの絶対的地位が揺らいだことにより、競争の激化が再燃しました。そのために3社のうちで、もっとも時価総額の低いBSXが買収対象として着目されてきました。

2018年6月には、ストライカーによるBSX買収が話題になりました。しかし、BSX買収に興味を抱く企業はストライカーだけではなかったのです。かつてステントから撤退したジョンソン・エンド・ジョンソン(JNJ)も、その巻き返しのために、BSX買収を視野に入れだしたのでした。

医療機器のスイッチングコスト

高い参入障壁 スイッチングコスト

細かな操作性を要するカテーテル治療のような医療機器の市場では、いったんその市場を支配した企業は、半永久的にその地位を保持することが通常です。侵襲が強く、微妙な操作により生死をわける医療機器については、医師は使いなれて熟練した機器を使い続けるために、極めて高いスイッチングコストが形成されるからです。

しかし、冠動脈ステントのように侵襲性が強い医療機器で覇権の交代が起きたのです。

スイッチングコストが崩れる時

そこから、スイッチングコストという高い参入障壁がどのように崩れているかを考えてみましょう。

まず、医療機器を使用するのは専門医です。医療機器メーカーよりも、熟練した専門医の方が、医療機器について理解していることが少なくありません。その専門医の反発を招くなら、参入障壁が崩されることは困難ではないのです。

JNJが医療機関にも利益が出る値段設定にすれば、アメリカの専門医は反発しなかったでしょう。普通なら忙しいカテーテル専門医が他社に肩入れする時間があるはずありません。しかし、治療すればするほど医療機関が赤字となり、JNJのみ莫大な利益を得る価格設定の場合は、忙しいカテーテル専門医でもABTに協力する他なかったのです。

専門医が時間を使っても後発企業をバックアップしようと考えるなら、覇権の交代も可能となるのです。

そのようにしてJNJの覇権は崩されていったのでした。

もちろん、王者ABTにとっても、その覇権を維持することは簡単ではありません。

時間経過とともに、他社の操作性については少しずつ追いついてきます。現在、操作性についてはほぼ差が無くなってきている医療機器も少なくありません。そうはいっても、医師がなれた医療機器を変えることは通常ありません。

しかし、ほぼ操作性が同じ状態で、格段に成績の良好な機器ができるならその限りではないのです。

ドイツや日本をはじめとする先進国は、国策として自国の医療機器メーカーの育成をしています。そのために、ドイツのバイオトロニックや日本のテルモのように国策として中軸に据えられたヘルスケア産業の中心となる企業から、突如として次世代の製品が誕生することもあるのです。その結果、そのような企業に、覇権が移ることもあるのです。

これからのABTの冠動脈ステント市場の地位

では、今回冠動脈ステントで絶対的地位から陥落したABTは、そのまま競争力が枯渇することになるのでしょうか。

おそらくは、そうはならないと思われます。

医療機器の開発は、新薬の開発のようなギャンブル的な要素は強くありません。新しいステントといっても、従来の改良に過ぎません。医療機器では、破壊的イノベーションが出現することはほとんどないのです。

そのために、医療機器業界では、研究開発費をかけて地道な開発を行うことで競争力を維持できるのです。ABTは、2015年、2016年ともに、年間14億ドルの研究開発費を投じています。このような莫大な研究開発費から、再度ドイツのバイオトロニック追いついていくことでしょう。

もちろん、かつてのJNJのように医療者からの信頼が無くなった場合は、市場から撤退を余儀なくされることもありえます。

しかし、ABTはこれまでの実績から現在でも専門医からの強い信頼があります。

おそらくは、ABTは、今後も冠動脈ステントで競争力を維持していくことでしょう。それは、投資家に対して、永続的な利益をもたらすことを意味するのです。

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