投資雑談

名投資家は暴落とともに

投稿日:2018/2/6 更新日:

2月5日、ニューヨーク市場が暴落しました。

今回の暴落で心配をしている投資家も多いかもしれません。実際に暴落で多くの投資家がパニックに陥り、キャッシュポジションという安住の地に逃げんでしまうものです。

しかし、株価が暴落したときこそ、バリュー投資家が活躍するときなのです。

そもそも、バリュー投資とは企業の本質的価値よりも株価が低くなったときにその株を買う投資方法です。当然、暴落時には株価が安くなり、購入候補の銘柄も増えてきます。こういう暴落のときこそ、割安な銘柄のリストアップをしたり、どのように期間を分散して購入するかの計画を立てるべきなのです。

今回は、皆さんの励みになるように、著名投資家がどのように暴落と付き合ったのか、少し紹介してみたいと思います。今回は、世界的に有名な投資家の実例を紹介します。

1939年世界大戦勃発時の暴落での投資

1939年、世界には暗雲が垂れ込めていました。
その震源地はドイツです。当時ドイツの支配していたのは独裁者ヒトラーでした。ヒトラーは、チェコスロバキア全土を保護国にした後に、ポーランドに領土の割譲を要求します。ポーランドが領土の割譲を拒否すると、1939年9月1日にドイツは突如ポーランドに侵攻し欧州は大動乱の火蓋が切られることとなったのです。

大西洋を超えたアメリカでも戦争不安でニューヨーク市場が大暴落します。

そこにある青年がニューヨークの取引会社に訪れました。そして風変わりな注文を出したのです。
「ニューヨークとアメリカン取引所で1株1ドル以下の株をすべて、1銘柄100ドルずつ買いたい。」
さすがに証券会社の担当者も思いとどまらせようとしました。しかしその青年は注文を変えませんでした。担当者は、倒産していない銘柄をすべて100ドルずつ買う注文を出しました。
すると「そうじゃないんだよ。」と青年はいいました。
「倒産していようがしていまいが、1社のこらず欲しいんだ。」
担当者は、しぶしぶ机に戻って、その注文の執行を完了しました。

そこに青年は、104銘柄もの大量のポロ株を保有することになったのです。

4年後の1943年、ヒトラーの精鋭軍はソ連のスターリングラードで壊滅しました。もはやヒトラーの敗北は誰の目にも明らかになりました。

その同じ年の1943年に、青年は104銘柄の株をすべて売却しました。何と4年でそのボロ株は4倍以上も値上がりしていたのです。

その青年にとって、今回の取引は生涯で初めての株式投資でした。その青年こそ、その後バーゲンハンターとして世界的な著名投資家となるテンプルトンだったのです。

1987年のブラックマンデー後の投資

1987年10月にニューヨークは大暴落に見舞われます。世に言う『ブラックマンデー』です。最高値2700ドルを超えていたダウ平均は600ドル以上下落しました。1日で実に22%も下落したのです。さらに、その年には最安値で1600ドル台をつけることになります。

1年後の1988年秋には株式市場は平静をとり戻しているものの、回復にはほど遠くまだ停滞の渦中でした。

その同じ時期に、アメリカのコカコーラ社のCEOのゴイエスタは心配そうに株価の動きを眺めていました。ブラックマンデーの高値から25%以上も下落したコカコーラの株価の動きは、まさに誰かが大量に買い占めているような動きだったのです。

ゴイエスタはキューバ生まれでした。社会主義革命から逃れ、移民としてアメリカに渡り、1980年にコカコーラのCEOにまで上り詰めたのです。しかし、ゴイエスタがCEOになった当時のコカコーラは多角化に失敗し、米国内のコーラのシェアもペプシに抜かれて、まさに衰退の途上をたどっていました。その後、1986年にゴイエスタの再建がようやく実を結び、コカコーラ社の売上が急上昇することになります。その翌年の1987年にブラックマンデーが起きたのです。当時は株の買い占めによる敵対的買収の嵐が吹き荒れていました。いつもは冷静なゴイエスタもさすがに気が気でなりませんでした。

ゴイエスタは部下のキーオに「いったい、誰が買い占めているのか」調査を指示しました。調査によると、発注をしている証券会社はウォール街に近いニューヨークではなく、中西部の田園地帯のにある小規模の証券会社だったのです。そして、その証券会社のある町の名は、

『オマハ』だったのです。

キーオは、オマハ市内に電話を入れてみました。
「やあ、バフェット、まさかコカコーラ株を買ってるのではあるまいな。」
「いや、そうなんだ。ただ、情報開示義務になるまでは、口外はしないでくれないか。」
「オーケー、大丈夫だ。」

コカコーラ株を買っている人物がバフェットと判明し、ゴイエスタもキーオも胸をなでおろしました。当時、バフェットは「最高の投資家」との評価が形成されつつあったのです。そして、乗っ取り屋とは逆に、バフェットが株主になれば企業価値が上がる『ホワイトナイト(白馬の騎士)』の投資家として評価されていたのです。

1989年3月に、バフェットが大量のコカコーラ株を購入していることがSECの資料で明らかになりました。コカコーラ株発行株式総数の実に6.3%、資金にして10億ドル以上。当時のバフェットが手元にあった資金のすべてを、短期間にコカコーラ株に投資したのでした。それは、当時のバフェットのポートフォリオの35%以上を占めることになります。あまりにも大胆な集中投資に、さすがのウォール街の機関投資家も唖然としたのでした。

その後のコカコーラ株の上昇については、もう皆さんご存知と思います。

私たち個人投資家の方針

ほとんどの著名投資家は、暴落時にこそ積極的に株を購入しているのです。もちろん、私たちがテンプルトンやバフェットの真似ができるはずもありません。しかし、こういうときに、心配しながら、少額ずつ銘柄と時間を分散して身の丈にあった投資を続けていけばいいのです。

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