今回は、アメリカ通信大手のAT&T(T)を紹介してきましょう。
AT&T(T)は、アメリカ中に固定電話、携帯電話、ケーブル/衛星テレビ、ブロードバンドサービスを提供している世界最大の通信企業です。
目次
低成長の通信産業
連続増配企業
AT&Tを紹介する理由は、33年間連続して配当を増額しているとともに、現在配当の利回りが6%を超える高配当株となっているからです。
もともと、電気通信産業には高い参入障壁が存在します。それは、莫大な設備投資が必要とされるからです。そのために、いったん市場を制覇すれば、その企業の支配が永続し、栄枯盛衰が起こることはほとんどないのです。さらに通信インフラビジネスは常に需要があり、少数企業による寡占市場が形成されています。その寡占市場により、継続的に莫大なキャッシュフローがもたらされ、33年連続もの増配が可能となっているのです。
ただし、莫大な設備投資が成長の妨げともなっているのです。バフェット氏も『成長に大量の資本を必要とするビジネスと、成長に資本を必要としないビジネスとでは、天と地ほどの差が存在する』と述べています。
低成長の通信産業
莫大な設備投資だけでなく、市場そのものが成熟していることから、電気通信産業は低成長市場のとなっているのです。
もちろん、低成長であるからこそ、株価が抑えられ、6%もの配当利回りが実現しているのです。そのように永続的な企業が低く評価されているときに、配当再投資で株数を増やすことができるのです。その時の配当再投資こそが、今後の株価が上昇したときに、爆発的な資産の増加をもたらすのです。
しかし、それは今後成長することが前提です。
成長の鍵
それでは、今後Tには、どのような成長戦略を考えることができるのでしょうか。Tが成長戦略については、2つの手段を考えることができます。
まず、1つはIoT(モノとインターネット)発達によりデータ容量の爆発的増加です。現在、そのために5Gへの設備投資が進められています。
2つめは買収によるシナジー効果です。今回、Tがどのような買収戦略を描いているかも確認していきましょう。
アメリカ最大の通信企業 AT&T(T)
沿革
現在のAT&Tは、電話を発明したグラハム・ベルが設立したAT&Tとは別の企業です。
1876年にグラハム・ベルにより電話会社であるAT&Tが設立されました。しかし、1984年に独禁法により分割されることになります。その後、分割されたSBCコミュニケーションが逆にAT&T本体を買収することになりました。その後社名をブランド価値の高いAT&Tにすることにしたのです。
事業の概要
それでは、Tの事業内容を確認してみましょう。
まずは、今回買収したワーナーメディア以外の従来の部門を確認してみましょう。
その内容は、
① 消費者モビリティ
② エンターテイメントグループ
③ ビジネスソリューション
④ インターナショナル
の4つとなります。
消費者モビリティ部門は、固定電話や携帯電話サービスへのアクセスを提供しています。その部門は年間収入62億ドルを生みだしています。
エンターテイメント部門は、テレビやインターネットサービスを消費者に提供しており、年間収入は51億ドルです。
ビジネスソリューションは、世界中の企業や政府に通信サービスを提供する部門で、年間収入は39億ドルです。
最後にのインターナショナルセクターは、AT&Tの比較的小規模な部門であり、メキシコに無線サービスを提供し、中南米にビデオ・エンターテイメントを提供することにより、年間収入8億ドルを達成しています。
しかし、それぞれの従来の4部門のすべてが売上の減少に見舞われているのです。それぞれの減少の程度と、今後成長軌道にのせるためにとられている戦略を確認してみましょう。
消費者モビリティ部門
最大のセグメントである消費者モビリティ部門は1.5%の低下に見舞われています。
その売上が低下している原因は、競争激化により価格決定力が失われたことによります。特に携帯電話市場の競争が激化しています。ライバルのVerizon(VZ)は独自の無制限データプランを提供しています。さらに、合併したTモバイルとスプリントは低価格で無制限のデータプランを提供することで攻勢を強めています。
しかし、今後データ送信容量は爆破的に増加することが見込まれます。それは、市場拡大につながります。
5Gへの投資
データ容量の増加の備え、AT&Tは40億ドル以上もの5Gへの設備投資をしています。5Gとは、大容量送信の新規格です。5Gは、未来のバーチャルリアリティ、スマートシティの自動車、遠隔医療をはじめとするIoT(モノとインターネット)のための不可欠なインフラです。
その5GはAT&Tによって、大きな収益機会であり、高いマージンを獲得する可能性を秘めています。
もちろん、5Gによる収益は、競争が激化すれば収益の低下を避けることはできません。しかし、Tモバイルとスプリントの合併により通信キャリアは4社から3社への競争となりました。たしかに、4社になれば寡占市場は完成します。しかし4社の寡占市場では、競争は激化したままです。それが、3社に集約された場合には競争が少ない寡占市場が成立するのです。アメリカの通信キャリアが3社に集約された現在、5Gが収益の向上をもたらす可能性は十分に高いと考えることができます。
エンターテイメント部門
エンターテイメントグループは8%のも売上げが減少しました。AT&Tでのエンターテイメントグループの中核はケーブルテレビや衛星放送のDirecTVです。
そのケーブルテレビや衛星放送は顧客離れが止まりません。消費者はネットのトリーミング放送へと流れているのです。
最近の四半期でもAT&TのDirecTVは18万7000件の顧客を失いました。
しかし、AT&Tはストリーミング放送であるDirecTV Nowを開始しています。そのストリーミング放送には31万2000件も顧客が増加しているのです。顧客はケーブルテレビや衛星放送からストリーミング放送に移っただけであり、全体として顧客離れを起こしているわけではありません。
ただし、ストリーミング放送は、Netflix(NFLX)やHuluのような動画企業が勃興し、Amazon Primeも参入してきています。まさに、競争が激化したレッドオーシャンとなっているといっても過言ではありません。そのような市場で、優位に立つ鍵は良質なコンテンツの獲得です。現在コンテンツのコストが高騰しています。
WarnerMedia買収
そのコンテンツを獲得のための戦略がWarnerMedia買収です。
今年2018年6月にAT&TによるWarnerMedia買収が連邦地裁で承認されました。米司法省は上訴したものの、すでに買収が承認された案件が覆る可能性は非常に低く事実上買収は成立したと判断してもいいでしょう。
WarnerMedia買収により、AT&Tは放送手段だけでなくコンテンツも提供するエンターテインメントコングロマリットとなったのです。優良コンテンツを保有することで大きなシナジー効果がもたらされることは明らかです。事実、エンターテイメントセグメントはWarnerMedia買収により急激に拡大しており、今後も継続的な成長が見込まれています。
ポストGoogleのネット広告企業の買収
買収による成長戦略はコンテンツだけでなく、ネット広告にも及んでいます。
それは、2018年6月のAppNexusの買収です。
AppNexusにつては、非上場企業であるために知名度は高くないかもしれません。しかし、現在ネット広告の王者であるfacebookとGoogleから覇権を奪う企業があるとすれば、それはAppNexusと考えられていたのでした。そのために、IPOを狙うグロース投資家には、その上場が待ち望まれていたのでした。
しかし、今回のTによるAppNexus買収はIPOを待ち望んでいた投資家を大きく落胆させることとなりました。
それだけではなく、ネット広告業界にも衝撃をもたらしたのです。AppNexusの先進的な技術は、AT&Tの保有する経営資源のもとで、その能力を遺憾なく発揮させることが予想されるからです。 それは、ネット広告業界の再編にもつながる可能性があります。
『選択と集中』外の部門
その他の部門はどうでしょうか。
ビジネスソリューション部門は6.2%減となっています。
インターナショナル部門も3.7%減となりました。
しかし、ビジネスソリューション部門、インターナショナル部門ともに売上げ減少に対する対応は行われていません。それは、経営資源を、消費者モビリティ部門とエンターテイメントグループ部門へ『集中と選択』していることに他なりません。
通信インフラを基礎に、コンテンツや広告へと広げメディアコングロマリットへを形成することが買収戦略の要なのです。そのような買収により有機的なシナジー効果による成長戦略を描いているのです。
ファイナンス
リスク
リスクについても検討してみましょう。最大のリスクは負債です。
現在、スタンダード・アンド・プアーズによる格付けはBBBにまで落ち込んでいます。
2015年2月、DirecTVを購入した後、同社の負債はAからBBB +に引き下げられました。その後、タイムワーナーの買収後、さらにBBBに格下げされています。
売上、キャッシュフロー、配当
では、そのリスクを検討するために、売上やキャッシュフロー、利益を確認してみましょう。
2015年の売上げ増加は、衛星放送・ケーブルテレビのDirecTV買収によるものです。
キャッシュフローを確認してみましょう。継続的に巨額のフリーキャッシュフローを生み出されていることが理解できます。
さらに売上と営業キャッシュフロー比は、25%近い値となっています。それは、以前、Tが高い参入障壁を有し、高い競争力を保持していることを意味しています。
AT&Tは2017年には180億ドルのフリーキャッシュフローを生み出しました。巨額のキャッシュフローは、配当として株主に還元されます。 その配当利回りは6%を超えています。しかし、その配当性向は60%で増配余地があります。
ワーナーメディアの統合や5Gの大幅な執行の失敗がなければ、今後数年間において配当は安全と考えていいでしょう。
結論
投資の可否
AT&Tは、収益性が高く、巨額のキャッシュフローが生み出されています。にもかかわらずPERは6台と市場の評価は低く、配当利回りは6%を超えています。 低PERの原因は、低成長とリスクです。そのリスクの原因は、ワイヤレス業界の競争激化とWarnerMedia買収による負債の増加です。
しかし、AT&Tは競争に勝る規模と財務的な強さを持っています。 もちろん、AT&Tの競争上の地位を維持するために、5Gなどの来年の新技術の導入や、買収戦略による有機的なシナジー効果が必要です。しかし、AT&Tは依然として優良な配当貴族企業であり、バリュー投資家が求める条件を満たしています。
リスクが出現する際の兆候とは
ただし、リスクが現実化したときは売却の検討も必要です。
それは負債の金利および元本の返済にフリーキャッシュフローが追いつかなくなった時に他なりません。
Tは過去数十年間に低金利の果実を享受してきました。しかし、金利が引き続き高値に達すると、利子費用は今後数年間で10-12億ドルに増加する可能性があります。
現時点では、フリーキャッシュフロー枯渇の兆候を認めることはできません。
しかし、そのリスクは消滅していません。その兆候は、フリーキャッシュフローの悪化から出現します。General Electric(GE)も減配と暴落の前にフリーキャッシュフローの悪化を認めることができました。投資家は、フリーキャッシュフローの悪化を確認し、その悪化が認められるなら売却も視野に入れることが必要です。
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