ホリエモン

【ライブドアの興隆と忍び寄る破綻】京大教授をバカとけなすホリエモンの限界 その4

投稿日:2018/12/29 更新日:

一連の『京大教授をバカとけなすホリエモンの限界』の記事をつくったきっかけは、著名な米国株ブロガーの『京大教授でも年収1,000万円に届かない。ホリエモンは「こいつはバカ」と一蹴。』という記事です。そこでは、ホリエモンの意見に賛同する立場でした。投資家として、高山京大教授を擁護する立場の意見も必要と考え、一連の記事をつくることを考えました。

以前の記事のリンクを添付します。

【相対性理論がなければiPhoneでGoogle Mapを使えない】京大教授をバカとけなすホリエモンの限界 その1
【ジョブズの出家を断りApple創業を勧めた日本人禅僧】京大教授をバカとけなすホリエモンの限界 その2
【禅がジョブズのApple復活に与えた影響】京大教授をバカとけなすホリエモンの限界 その3

もともと堀江氏に特に関心があったわけではありません。しかし、日産のゴーン前会長が逮捕されたことから、もう一度ライブドア事件について詳しく調べてみました。そこで、本当に堀江氏に刑事責任を問えるのかとの疑問が出てきました。

堀江氏が後に『何言ってだこいつ。バカか。』『こんな奴に税金使われていると思ったら腹立つね』と批判を向けることになる高山佳奈子京大教授は日本でも著名な刑法学者です。さらに、ライブドア事件弁護団の依頼により『堀江氏は無罪であるか、そうでないにしても実刑判決は不当である』との意見書を裁判所に提出しています。

私自身の見解も高山教授と同じです。ライブドア事件で、堀江氏はCEOとしての民事責任を逃れることはできないものの、刑事責任を追求すべきではなかったと考えます。

この機会に、ライブドア事件を振り返ってみたいと思います。今回はライブドアの創業と発展です。

ライブドア興隆

天才プログラマー 堀江貴文

堀江貴文氏は東大在学中に、プログラミングのアルバイトを始めます。

中学生時代から、プログラミングに夢中だった堀江氏は、学業そっちのけでコンピュータにのめりこんでいきます。そして、1996年4月東大を中退し、IT企業「オン・ザ・エッヂ」を創業します。

堀江氏の優れたプログラミング能力から、依頼は次々に舞い込んでいます。当時、歌謡曲で絶頂を極めていた小室哲哉からのサイトも引き受け、インターネットのライブチケット販売のシステムも請負ます。

天才プログラマーである堀江氏が開発していたときにの優れた品質は高い評判を呼んでいました。しかし、その後の受注の拡大で多くのプログラマーを採用したことにより、品質は次第に低下し利益率も悪化していきます。

ポータルサイト参入

2002年、堀江氏は、倒産し民事再生手続きを始めたプロバイダー事業会社「ライブドア」を買収し、社名も圧倒的な知名度がある「ライブドア」に変更します。そうして、インターネット通信事業であるポータルサイト運営も手掛けるようになります。ポータルサイトのようなプラットフォームビジネスなら堀江氏の目が届く範囲となり品質を保つことができます。しかし、2005年9月でもポータルサイトの営業利益は3億円に過ぎず事業のコアとなるものではありませんでした。

堀江氏は極めて頭の回転が速く、興味を持つものには驚異的な集中力を発揮していきます。しかし、興味が無くなればすぐに放り投げてします飽きっぽさも抱えていました。そのためにライブドアにはコアとなる事業が育つことはありませんでした。

アクロバット的な企業買収

コアとなる事業の不足を企業買収で補っていきます。企業買収のファイナンス部門を一手に引き受けたのが宮内亮治氏と野口英昭氏でした。

宮内氏は税理士として創業時からライブドアにかかわっていました。その後の上場の際には宮内氏が野口氏をライブドアに招きます。

宮内氏と野口氏のアクロバット的な企業買収で、ライブドアは倍々ゲームで業績を上げていきます。

100分割により株価高騰

株式の100分割した際に、流動性が枯渇し株価が高騰しました。その期間を利用し、次々と株式交換で企業を買収していきます。

現在、株式は電子化しているために、株式分割で株券の流動性が枯渇することはありません。しかし、株式の完全な電子化は2004年からです。それまでは紙に印刷した株券を発行していました。株式を分割には、印刷に50日を要し、その間に流通株式が減少し高騰しやすくなります。100分割により極端な流通株の不足がもたらされライブドアの株価は一時的に高騰します。そのときを狙い、企業買収を行っていきます。買収には、キャッシュではなく株券発行で行われました。そのような錬金術でライブドアは急成長します。しかし、株式交換は、株式の希釈化を引き起こし既存株主の利益を犠牲にすることになるのです。

注目を浴びるライブドア

球団買収への参入

ライブドアが世間の注目をあびることになるのは近鉄バッファローズ買収を表明してからです。

2004年2月に楽天の役員から、近鉄バファローズが身売りを検討しているとの連絡が入ります。ヤクルトの古田敦也選手会長らが、球団数の削減を食い止めるためにも近鉄の買収を検討してほしいと訴えているというのです。当時、楽天の三木谷CEOは球団買収に興味を示していませんでした。

ライブドアは、絶大な宣伝効果から球団買収の名乗りを上げます。しかし、その後、楽天の三木谷CEOが球団買収に名乗りを上げることになり、ライブドアのプロ野球参入は失敗します。

買収には敗れたものの、メディアに注目されたことでライブドアの知名度は全国に知れ渡ることになります。

時間外取引によりニッポン放送買収

メディアの力を実感した堀江氏は、テレビ局の買収にのりだします。2005年2月8日、ライブドアは時間外取引を利用して、フジテレビを実質的に傘下に置くニッポン放送株の35%を握ることになったのです。

そもそも時間外取引は、株式で資産運用する生命保険会社のような機関投資家が証券会社を通じての株式売買を行うために設けられた制度です。機関投資家が大量の売買することで市場が混乱することを防ぐことを目的とするものでした。

経営権獲得を目的とする株式取得は、事前に株主に条件を明示して行う株式公開買い付け(TOP)が原則です。

証券取引法でも、上場株を一定規模以上取得する場合、不透明な取引や特定の株主だけに有利な取引を排除するため、原則としてTOPを行わなければならないと定められているのです。

ライブドアの違法スレスレのグレーな取引は反発を招き、買収は失敗に終わります。ただし、ライブドアはフジテレビから1440億円の和解金を得ることになります。

株主を犠牲にする資金調達

ニッポン放送買収の資金調達もグレーゾンの方法でした。

その手法とは大量の株式転換社債による調達です。株式転換社債では、資金を貸した金融機関は、その社債を株式にかえ市場で売却することができるのです。

しかし、株式転換社債は、既存の株主を犠牲とした資金調達です。社債が株式に転換されることで株式は希釈化され、株価は急激に下落します。その上に、金融機関が市場で売却するために、株価は大幅に下落することになるのです。

金融機関は、その株式転換社債で濡れ手に泡で100億円を超える利益を得ることになります。その金融機関こそリーマンブラザーズです。

暴利を得たリーマンブラザーズは、その3年後にリーマンショックを引き起こした元凶として倒産します。

株高演出のための粉飾決算

そのような資金調達のためには、株高を演出することが必要となります。ライブドアは、2004年当時3億円の赤字でした。しかし、業績悪化による株価暴落を防ぐために、粉飾決算に手を染めていたのです。そして、2004年決算予想を20億円から50億円に上方修正したのです。

タレント『ホリエモン』

メディアに取り上げられることで、堀江氏は時の人となり、知名度は飛躍的に高まっていきます。その知名度はにより堀江氏は、タレント「ホリエモン」としての活動にシフトし、経営への関心を急速に失っていきます。

衆議院出馬

さらに、堀江氏はこの年の夏に突然、衆院選への出馬を表明します。劇場型選挙として知られる小泉純一郎首相による郵政選挙です。堀江氏は、広島選挙区で、小泉首相と敵対した亀井静香と戦い、そして敗れます。堀江氏の率いるライブドアの最後の夏は、郵政選挙の熱狂とともに幕を閉じたのでした。

幻のソニー買収

堀江氏の著書『我が闘争』では、そのときにソニーの買収を検討していたことが明かされています。

それは、今のスマホを開発した企業がネット業界の覇権を握ると考え、そのためにソニーを買収することを考えていたのです。

05年頃のこと。コンピューター関連のカンファレンスで基調講演をした僕は、スマートフォンの登場を予言している。

当時はAppleの音楽プレーヤーiPodが普及し始めていた頃。その時に僕が思っていたのは、とにかく持ち物を一本化したいということだった。

iPodに携帯電話、財布にデジカメにパソコンまで。こういう持ち物が増えては便利なのかそうじゃないのかよくわからなくなる。

これら全部が一つのものに収まるようなもの、Wi-Fiも使えるコンピューターでありながら電話でもあり、音楽プレーヤーでもあり、カメラでもあり。財布としても機能するもの。そして持ち運びが携帯電話ぐらいに小さくて楽なもの。

そういうものが世界を席巻するはずだと思っていたのである。

『我が闘争』堀江貴文 著

堀江氏はこの2、3年が勝負と考えていました。

しかし、時代は2年の猶予も許さない状況だったのです。タレント活動や選挙に時間を奪われている間に、たとえソニーを買収しても取り返しのつかないぐらいに時代は進んでいたのです。

スマホ時代の主役がAppleと見抜いていた孫正義

同時期、日本の天才経営者も同じことを考えていました。孫正義氏です。孫氏は、スマートフォン開発をAppleのジョブスに依頼するために渡米します。そこで、孫氏は、ジョブズから社外ではじめてiPhoneの開発中であるこを明かされます。

1年後の2006年暮れに、孫正義はジョブズからiPhoneが完成したことを伝えられます。「すごいものができた。とにかくすごいぞ。パンツにおもらしするぞ。」

参考)『iPhone完成前にその真価を理解していた天才グロース投資家』

ライブドアがスマホの主役になるためには、2005年暮れからソニーの買収に着手し、1年でiPhoneを超えるデバイスを完成させることが必要です。不可能です。

Googleのアンドイド社買収

それだけではありません。2005年8月にGoogleはアンドイド社を買収しています。堀江氏が選挙に専念している時に、Googleもすでにスマホ時代への先手を打っていたのです。

現在から振り返るなら、2005年末からのソニー買収を検討しているのででは、完全に周回遅れと言うほかありません。ニッポン放送買収や、衆議院選挙、タレント活動が致命的な遅れを引き起こしていたのです。

破綻の足音

しかし、ソニー買収は幻に終わります。

宴の裏で破綻の足音が忍び込んでいったのです。東京地検特捜部が2005年末からライブドアの捜査を始めていたのです。

つづく

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