製薬会社にとって、特許に守られた高額の医薬品は、莫大な利益の源泉にほかなりません。しかし、その特許が切れるなら、価格の安いジェネリックの後発医薬品にとってかわられ、その利益の源泉を失うことになります。
前回、アッヴィ(ABBV)という高収益の製薬会社を紹介しました。アッヴィ(ABBV)の売上の半分以上は、バイオ薬である「ヒュミラ」にのよるものです。
その「ヒュミラ」の特許は2016年末に失効しています。 しかし、「ヒュミラ」は、特許が切れたにもかかわらず、2017年、2018年と2桁を超える成長率で売上が増加しています。
「ヒュミラ」のようなバイオ薬は、どうして特許が切れても通常の医薬品のようにすぐに後発品の脅威にされされないのでしょうか。
目次
バイオ薬と通常医薬品の特許切れ後の売上推移
ヘルスケアセクターの参入障壁
ヘルスケア領域ほど参入障壁の高いセクターはないと言って過言ではありません。それは人命に関わることから規制が厳しく、さらにその強い規制ゆえに商品開発のためには莫大な資金が必要とされるからです。
そのために、ヘルスケアセクターでは、ジョンソン&ジョンソン(JNJ)やメドトロニック(MDT)、アボット(ABT)のような連続増配を誇る多数の企業が生み出されました。
安定性に欠ける製薬会社
しかし、その連続増配企業に、ファイザー(PFE)やメルク(MRK)のようなダウ平均を構成するほどの規模の製薬企業ですら該当していません。それは製薬会社は新薬の特許が切れることによって大きく売り上げや利益が損なわれるために、安定した拡大が困難だからなのです。
バイオ薬と通常医薬品の特許切れ後の売上
しかし、特許切れの影響は、通常の医薬品とバイオ薬では大きく異なります。通常医薬品とバイオ薬の特許切れ後の売上推移を見てみましょう。
通常医薬品『リピトール』の特許切れ
最初に、通常の医薬品の代表として「リピトール」を例にあげて説明してみましょう。
「リピトール」は、コレステロール値を下げる内服薬です。そのブロックバスターは、ファーザーは世界最大の製薬会社の地位押し上げました。
「リピトール」は、同種類の薬剤で5番目の発売であるものの、臨床試験の結果が他社の薬剤より良好であったことから高コレステロールの治療で最大の売上を誇りました。その年間売上高が最高で129億ドルに達したこともあり、2010年も120億ドルと、ファイザーの総売上高の4分の1を占めていたのです。
しかし、「リピトール」は、2011年11月30日に米国での特許が失効し、ファイザーの伝説的な市場独占期間が終了しました。日本と違いアメリカの民間保険制度では、保険会社は安いジェネリック医薬品へ強制的に切り替えていきます。そのために、「リピトール」は、すぐにジェネリック後発品に置き換えられました。
バイオ薬『ヒュミラ』とは
では、バイオ薬の「ヒュミラ」はどうでしょうか。
「ヒュミラ」は、TNFαという生体内物質の働きを阻害するバイオ薬剤です。そのような薬剤をTNFα阻害薬と呼んでいます。
いきなりTNFαという医学用語が出てきて戸惑われるかもしれません。大丈夫です。臨床医もTNFαという物質が何物がよく知っていません。知らなくても臨床医としての業務にはなんら支障をきたさないのです。
そうは言っても簡単に説明してみましょう。TNFαとは腫瘍壊死因子といって、癌細胞ができた場合にその癌細胞に炎症を引き起こし除去する体内物質です。
しかし、リウマチ等では、その腫瘍を除去するための成分が自らの関節に牙をむき、関節を破壊していくのです。
「ヒュミラ」は、そのTNFαの働きを抑制することでリウマチの進行を止めるのです。「ヒュミラ」はリウマチの他にも、乾癬、潰瘍性大腸炎、クローン病、ベーチェット病等の治療に使用されています。
JNJ『レミケード』とABBV『ヒュミラ』との違い その1『アレルギー反応』
世界で初めてのTNFα阻害薬は、ジョンソンエンドジョンソン(JNJ)の「レミケード」です。
「レミケード」は米国で1998年に、国内では2002年に承認されました。
その後、「ヒュミラ」は、米国で2002年に、国内では2008年に承認されました。TNFα阻害薬としては3剤目に承認をうけたバイオ製剤です。
「レミケード」はTNFαを抑制する部位はマウスの遺伝子から合成されています。その他の成分はヒトの遺伝子から合成されています。
マウスの遺伝子からの成分が含まれているために、アレルギー反応が出現しやすくなっています。軽度のアレルギー反応なら、ステロイド剤の点滴で簡単に改善します。しかし、強いアレルギー反応の場合は、血圧が低下し、意識を失い、生命にかかわる事態に陥ることにもなりえます。
「ヒュミラ」は100%ヒトの遺伝子による成分であるために、アレルギー反応はほとんどありません。また、レミケードが効かない患者であっても、ヒュミラなら効く場合も少なくないのです。
JNJ『レミケード』とABBV『ヒュミラ』との違い その2『点滴か皮下注射か』
さらに、投与方法でもヒュミラには優位性があります。
まず、JNJの「レミケード」は、点滴で投与しなくてはいけません。 点滴では静脈の中に、点滴の先を通す必要があります。しかし、何回も点滴を行うと、静脈が硬くなり点滴をとることが困難となってきます。さらに、点滴もすぐに漏れるようになります。
「ヒュミラ」は皮下注射で投与できます。皮下注射なら、点滴をとる必要はありません。さらに、糖尿病のインスリンのように自分で投与することも可能なのです。 そのような「ヒュミラ」の優位性から、現在リウマチ等の治療薬の中心は、「レミケード」から「ヒュミラ」に移行しています。
『ヒュミラ』の特許切れ
その「ヒュミラ」も2016年の特許が失効しました。 しかし、その後も2017年、2018年と2桁台の売上増加が続いているのです。それは、いまだヒュミラを脅かす後発バイオ薬が市場に出現していないことを意味します。
バイオ薬が特許失効後も売上を伸ばす理由
では、どうして「リピトール」は特許失効後、ジェネリック医薬品に置き換わり、逆に「ヒュミラ」は、特許失効後も後発品であるバイオシミラーは生まれないのでしょうか。
バイオ薬の後発品は先発バイオ薬とは違う薬剤
通常医薬品の後発品であるジェネリック医薬品は、もともとの先発医薬品を比べた時、完全に同じ有効成分が使われています。
しかし、バイオ薬剤の後発品であるバイオシミラーでは有効成分は全く同じではなく、あくまでも似ている成分となります。だからこそ、似ているという意味のシミラーを使っているのです。
さらに、通常の医薬品である低分子医薬品の場合、構造が簡単なので全く同じ成分であることを証明する事が出来ます。しかし、バイオ医薬品のように高分子で複雑な構造の薬剤の場合、本当に同じ分子構造であるかどうかを今の技術で確認することは不可能なのです。
バイオ薬の生産過程の特殊性
バイオ薬を生成することが困難である理由は、生産過程の違いからも起因しています。
バイオ医薬品は、酵母菌や大腸菌などに薬剤の遺伝子コードを埋め込み、その遺伝子を発現させて医薬品を合成します。しかし、同じ大腸菌や酵母菌であっても遺伝子コードは微妙に異なります。そのために、クローン技術で遺伝子コードが同じである大腸菌や酵母菌を大量に作成します。その菌にバイオ薬の遺伝子コードを埋め込み、全く同じバイオ薬を生産するのです。
バイオ薬製造には、このクローン技術のような高度なバイオテクノロジー技術を自前で揃えなくてはいけません。 当然、バイオシミラーとしてバイオ医薬品後発薬を作成するにも、高度なバイオ技術が必要とされることは言うまでもありません。
また、バイオ医薬品の特許が切れたとは言っても、医薬品の製造方法など全てが公開されている訳ではありません。使用する大腸菌や酵母菌の遺伝子コードまで特許で申請しているわけではないのです。
そのために、バイオシミラーは、先発品とは遺伝子コードの異なる大腸菌や酵母菌を使うために、厳密には異なる医薬品となるのです。
バイオ薬後発品の厳しい審査過程
バイオシミラーは先発品バイオ薬とは厳密には異なる薬剤のために、審査は新薬とほぼ同等の手順が必要とされます。
さらに、製品発売後も新薬と同等なモニタリングが必要とされるのです。
そのために、開発費もバイオシミラーでは100億円の予算が必要となります。他方、ジェネリック医薬品の場合は1つの薬につき1億円程度です。
その上、開発期間に関しても、バイオシミラーでは5年程度の期間が必要とされます。他方、ジェネリック医薬品では約1年です。
そのような高度な製造技術と人材、そして資金と期間が必要とされる以上、バイオシミラーの製造・販売は、メガファーマかそれに匹敵する規模の製薬会社に限られます。
結論
バイオオシミラーの開発には、ジェネリック医薬品に比べてはるかに高度な技術と開発費用、そして時間がかかることが、バイオ医薬品を脅かすバイオシミラー薬にすぐに出現しない第1の理由です。
さらに、第2の理由として、現在の医療側の状況があります。医療機関の側でもバイオシミラー薬をすぐには導入することができない体制になっているのです。その点は次回の記事で記載予定とします。
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