前回は日本の法制度について説明しました。今回はアメリカの法制度について説明していきます。
日本の法制度は、何が正しいか最初から決めることから始まりました。
一方、アメリカの法制度では最初から何が正しいかよりも、まず、適正な手続きを定めることから始まります。その手続きの課程で明らかになったことこそが正しい結論と考えます。そのように、アメリカ法には法の適正な手続きこそが適正な結果を導くという思想があるのです。このような手続き重視の法制度が判例法なのです。判例法はイギリスやアメリカで普及したことから英米法とも言われています。
その判例法主義の法制度が、90年代のアメリカでIT産業の急激な発展を後押しすることにもなったのです。
目次
アメリカ法の故郷イギリスの沿革
アメリカはもともとはイギリスの植民地でした。そのために法体系もイギリスの制度を踏襲しています。先ずはイギリス法制度の沿革から概観してみましょう
支配層が認めた裁判の自治
イギリスのグレートブリテン島に紀元前5世紀ごろからケルト人が入植します。さらに、紀元前1世紀にはローマ人、6世紀ごろにアングロサクソン民族、10世紀ごろにはノイマン人が進出してきます。このようにグレートブリテン島では、多くの民族の支配が繰り返されたのです。
グレートブリテン島の支配層は、それぞれの民族の紛争に関してはそれぞれの民族で処理をさせる政策をとり、民族内の紛争には関与しませんでした。すなわち裁判の自治を認めたのです。
手続き重視の裁判の発達
裁判の自治の運営がうまくいかなく一揆のような内紛になれば支配層の武力介入を引き起こすことになります。そうなれば、裁判の自治そのものが消滅してしまいます。そのために、両者の言い分をよく聞いた上で、恣意的にならずに、まわりが納得のいく判決がもたらされるように裁判を進めました。その結果、適正な手続きが重視されることになったのです。
適切な手続きを経た判例は多くの場合に、他の紛争でも判断できる基準となっていきます。その判例の蓄積により社会のルールが定まっていきました。法律が制定される以前に、すでに判例が法律の機能を果たすようになっていくのです。
コモンローの概念
そこで、判例はもともと普遍的な法(コモンロー)が表出されたものに過ぎないのではないかと考えられるようになってきたのです。もちろん、コモンローを触れることができません。見ることもできません。しかし、それぞれ紛争があったときに適切な手続きをとることで、判例という形でコモンローが浮かび上がってくるのです。いいかえると適切な手続きこそがコモンローを浮かび上がられる媒体と考えられたのです。
さらに、イギリスでは王であろうともそのようなコモンローの支配に服すると考えられるようになってきました。
前回述べたように、フランス国王ルイ14世時代のヨーロッパ大陸諸国では、王の権力が絶対視されていました。その背景には、王権神授説という考えがあったのです。王権神授説とは、『王権は神から国王に授けられたものであり、その権力は神聖で絶対的なもである。王に逆らうことは神への冒涜であり、人民は王に絶対服従しなくてはならな。』という思想です。
国王でさえもコモンローの従わなくてはならないと考えるイギリスでは、王権神授説はとうてい受け入れられる思想ではありませんでした。
エリザベス一世の統治
エリザベス女王統治下で、イギリスの絶対王政が定まったと言われています。しかし、エリザベス女王の権力は、フランスのような絶対的なものではなく、資本家の台頭で貴族の力が弱くなったために相対的に王権が強くなったからにすぎませんでした。
エリザベス女王は常に議会と協調して政策を進めていました。スペインとの無敵艦隊との戦いのときには、議会を無視して増税ができないために、女王自らの私財を売却して戦費にあてたほどでした。
当時世界最強の海軍であるスペインの無敵艦隊に勝利することで、弱小国に過ぎなかったイギリスはヨーロッパの強国への一歩を踏み出しました。また、女王により毛織物産業の育成や東インド会社の設立をはじめ数々の経済政策も行われました。さらに、現在の社会保障の先駆けとなる救貧法をも制定されています。このようなイギリス発展の基礎となる優れた行政手腕により、国民から親しみをこめて『よき女王ベス』と呼ばれることになったのです。
司法についても、国民を抑圧するような刑罰権の行使は行われず、従来どおり市民が裁判に参加することで判決を下す制度が踏襲されました。司法に市民が参加する仕組は、アメリカの陪審員制度にもつながっていきます。そのようにしてイギリスでは裁判所に対する信頼が形成されることになったのです。裁判所への信頼はアメリカでも引き継がれていきます。
イギリス発展に伴う判例法の普及
その後、イギリスは世界中に植民地を持つ覇権国家へと発展していきます。それに伴ってイギリスの植民地であったアメリカ、カナダ、オーストラリアをはじめ、イギリス以上に伝統文化の強いインドやマレーシアにおいても判例法が普及していったのです。
戦後、アメリカの占領下となった日本は、一部アメリカの法体系の考え方が導入されました。さらに金融はアメリカを中心としています。当然にその背後にある手続きを重視するアメリカ法の考え方が色濃く反映されているのです。
判例法の利点
判例法では、裁判所がその状況に応じた判断をおこなえることが利点です。
IT企業勃興を促進した判例法
90年代に製造業で大きく立ち後れたアメリカは、IT産業での経済力の回復を図ります。その際に、裁判所はIT産業の発達を促すために独禁法の適応を大きく緩和しました。その結果90%を超えるシェアのwindowsですら独禁法の対象にならなかったのです。手続き重視の判例法は、90年代のアメリカでのIT産業発達に非常に有利に働いたのでした。
しかし、2010年代から、アメリカの連邦最高裁は少しずつ巨大IT企業への対応を厳格化しつつあります。貧富の差が拡大し、これ以上の巨大IT企業に有利な状態を放置できないとの判断があるからです。
財閥解体の過去
かつて、アメリカ連邦最高裁が独禁法違反で財閥を解体したことがあります。
ジョン・ロックフェラーのスタンダードオイルは、1911年アメリカ連邦最高裁判所により独禁法違反で34社に解体する判決を下されました。その解体を期に、ジョン・ロックフェラーは経営から引退し、慈善活動に専念することになります。
また、かつてのAT&Tはアメリカの電気通信産業を独占していたことから、1984年に7社に分割されました。
トランプ大統領のAmazon批判
最近では、トランプ第45第アメリカ大統領がAmazonへの非難を強めています。
トランプ大統領は、3月29日に「Amazonを巡る懸念は大統領選前から表明してきている。他の業者と違い、Amazonは政府にほとんど税金を払っていない。Amazonは米郵便システムを配達少年のように使い、米国に多大な損失をもたらしている。そして、数千もの小売業者を破綻に追いやっている。」とAmazonを批判し、同社に対する課税措置見直しについて言及しました。
4月2日には、「損失を出し続けている郵政公社がAmazonで利益を得ていると言うのは愚か者か、それ以下の人間だけだ。郵政公社ばく大な損失を被っている。だがこの状況は変わる。」と発言しています。
投資家が注視すべきこと
今後、巨大IT企業に対して、かつてスタンダードオイルやAT&Tに行われたようなダイナミックな独禁法の適応があるかもしれません。
もちろん、そのような独禁法の判断が下されるかどうかは誰にもわかりません。しかし、アメリカの法制度下では、日本以上に裁判所に政策的な側面にまで踏みこんで判断する裁量が認められているのです。ハイテク企業に投資するグロース投資家は特に連邦裁判所の動向に注視することが必要です。
応援クリックして頂けると励みになります