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【アメリカタバコ帝国の崩壊】タバコ王デュークの栄光と挫折 その2

投稿日:2018/4/11 更新日:

前回の『タバコ王デュークの栄光と挫折 その1』の内容を簡単に振り返ってみましょう。

デュークは短期間でアメリカのタバコ市場を支配し、タバコ王との異名をとることとなりました。その後もイギリスのタバコ業界と合弁で設立したブリティッシュアメリカンタバコ(BTI)を足がかりに、世界のタバコ市場に進出していきます。その功績から、イギリス王室からもナイトという最高位の称号を預かりました。もはや、デュークの行く手を阻む者は誰もいないようにみえました。しかし、その時を頂点にデュークの栄華は崩壊に向かっていくのです。

アメリカ発展の光と影

まず、当時のアメリカ社会を概観してみましょう。

南北戦争後のアメリカ

『風とともに去りぬ』の舞台で知られる南北戦争。1865年にその南北戦争が終結し、アメリカは戦後の荒廃から復興するとともに、急激な産業の発展を迎えます。その発展にともない石油王ロックフェラーや、鉄鋼王カーネギー、タバコ王デュークのような大富豪が誕生したのでした。

しかし、その発展は、資本の独占を引き起こし、富の格差と多数の貧困者を生み出していくことになります。そのために、世の中は次第に閉塞感に覆われていくことになったのです。

異色の大統領

その閉塞感の中で、1901年共和党から異色の大統領が誕生します。独占資本を『富の専制支配』と攻撃し、富の再分配を要求するセオドア・ルーズベルトが第26第アメリカ大統領に就任したのです。

当時モルガン財閥は、GEやAT&Tをはじめ、あらゆる大企業に影響力を持ち、その立ち振る舞いは合衆国の王家を彷彿とさせるものでした。 大統領は『誰が合衆国の統治者なのかモルガンの連中に思い知らせてやる』ことを決断し、モルガン財閥を反トラスト法違反による解体に着手します。

その後も、大統領は40社を超える巨大財閥を反トラスト法違反により解体に追い込み、財界を震え上がらせました。

もちろん、すべての資本独占を敵視したわけではありませんでした。地位の濫用から不公正な競争を行っている独占資本を選別し解体に追い込んでいったのです。

しかし、その違法か適法かを決めるのはホワイトハウスではありませんでした。その決定をしたのは世論だったのです。ホワイトハウスは、調査委員会の調査報告をメディアで公開し、世論の反応を見て違法かどうかを決定したのでした。

セオドア・ルーズベルトは20世紀のマスメディアの発達によって登場した典型的な大衆煽動型の政治家だったのです。

大統領の海外政策

しかし、違法な独占財閥を解体する一方、アメリカ市場拡大にも多大な貢献を行いました。

当時、西部開拓が終了し、アメリカは新たな市場を求めていました。

大統領は、まずはラテンアメリカの市場を開拓していきます。

その開拓のために、棍棒外交を展開しました。棍棒外交とは、『大きな棍棒を携え、穏やかに話す』ことで市場を求めるセオドア・ルーズベルトの外交手段です。

しかし、その棍棒が実際に軍事力として行使されることもありました。コロンビアからパナマを独立させるにあたりアメリカは軍事介入を行いました。その見返りに、パナマ運河一帯はアメリカ合衆国領に編入されました。

そのようにして、アメリカ合衆国は、ラテンアメリカ市場とともに、パナマ運河の利権をも手に入れることとなります。

さらに、アジア最大の市場である中国市場の確保にも努めました。

その確保ためには、中国市場を狙うロシアの南下政策を牽制することが必要でした。大統領は、当時ロシアと対立していた日本を背後で支援することで、ロシアを牽制しました。

アメリカとイギリスの支援をうけた日本は、1904年に日露戦争の突入します。戦局は予想外に日本の優勢のうちにすすみました。劣勢にまわったロシアは戦況を打破するために大西洋に展開している主力艦隊のすべてを日本海に派遣します。ロシアの主力艦隊は1905年対馬沖で日本艦隊と戦火を交えます。名高い日本海海戦です。その海戦で、東郷平八郎長官の率いる日本艦隊の前にロシア艦隊は全滅しました。ロシアは海軍のほとんどを喪失することになったのです。

セオドア・ルーズベルト大統領は、これを機会として日露戦争の終結に向けた和平の斡旋に乗り出します。そこで、ポーツマス条約調印にこぎつけることで、ロシアの中国への影響力を排除することに成功しました。

反トラスト法違反の提訴

そのような海外への市場拡大の間にも、独占資本に対する調査委員会の活動が続けられました。その調査で、ロックフェラーやデュークの反トラスト行為が続々とホワイトハウスに報告されていきました。それが逐一メディアに伝えられ、ロックフェラーやデュークに対する非難が日を追うごとに強まっていったのです。そのようにして、石油やタバコの独占資本を排除する世論が次第に形成されていきました。

大統領は、世論の熟成を確認し、1907年にデュークのアメリカンタバコと、ロックフェラーのスタンダードオイルを反トラスト法違反による提訴に踏み切ります。

タバコ帝国の崩壊

スタンダードオイルの解体

4年にもわたる裁判ののち、1911年5月15日に、デュークのアメリカンタバコはロックフェラーのスタンダードオイルとともに反トラスト違反の判決を受けることになりました。

ジョン・ロックフェラーのスタンダードオイルは、34社に解体する判決を下されました。

その解体を期に、ジョン・ロックフェラーは経営への興味を失い引退します。その後の人生は慈善活動に専念することとなります。

アメリカンタバコの解体

アメリカンタバコ社にも裁判所の判決が下りました。

それは、デュークのタバコ巨大企業が崩壊した歴史的瞬間だったのです。

このとき、裁判所は判決文を読むのに1時間半を費やしたと記録されています。それは、デュークのダンピング行為や、鉄道網の他社の締め出し、特権的地位を濫用した農家との独占契約、他社への銀行融資の中断の圧力等、デュークの反トラスト法違反の具体的な行為のをすべてが列挙されたからでした。

アメリカンタバコ社は、もとのアメリカンタバコ社とともに、レイノルズ社、ロリラード社、リゲット・マイヤーズ社の4社に解体されます。

さらに、アメリカンタバコ社は、ブリティッシュアメリカンタバコ(BTI)株の売却も命じられました。

デュークは、アメリカンタバコの経営から退くことなりました。

さらに、デュークは、株式の売却によりBTI社への資本的影響力をも完全に失うことになりました。

ブリティッシュアメリカンタバコ(BTI)株は、3分の2がデュークのアメリカンタバコ、3分の1がイギリス側のインペリアルタバコの持ち株比率でした。しかし、アメリカンタバコ社のBTI株の売却により、BTI社は完全なイギリス資本となったのです。

その後のデューク

イギリスからの要請

しかし、BTI社の筆頭株主となったイギリス側はデュークにBTI社の会長に留まることを要請します。

かつてデュークと熾烈な争いを繰り広げることとなったイギリス側は、その争いの経験から、誰よりもデュークの経営者としの力量を高く評価していたのです。

デュークは、母国のアメリカでは、世論から強い非難を浴びせられ、裁判所からは違反行為を斬罪されました。しかし、かつて激しく争ったイギリスからは、名経営者としての賞賛とともに、イギリス王室からは最高の栄誉を授与されたのです。当時のデュークの胸中に去来することは想像に難くありません。後年デュークは、「イギリスではナイトに叙されるべき者が、アメリカでは犯罪者扱い」と嘆いたといわれています。

ブリティッシュアメリカンタバコ(BTI)社の会長

デュークは、イギリス側の要請により大西洋をわたり、イギリスでブリティッシュアメリカンタバコ(BTI)社の会長として辣腕をふるいます。 その間に、BTI社は、次々に世界各国の市場を席巻していき、80年代にフィリップモリス社に抜かれるまで世界最大のタバコ企業として発展していくのです。

また、4社に分割されたアメリカンタバコを買い占め、その支配力を強めていきます。その後、アメリカンタバコから分割された4社すべては、買収されるか、タバコ製造から撤退することとなり姿を消して行くことなるのです。その4社のタバコ事業の大半はブリティッシュアメリカンタバコ社(BTI)に撤収されていくことになります。

アメリカへの帰国

アメリカンタバコ崩壊後12年にわたりデュークはBTI社の会長を務めた後、1923年に会長を辞してアメリカに帰国します。帰国後、デュークは大学の設立運営に心血を注ぐことになります。その大学が名高いデューク大学です。

1925年 デュークは68歳の波乱の人生を閉じることとなりました。

現在との対比

南北戦争後、アメリカは急激な産業の発展を迎えます。電話が発明され、鉄道が発展し、新たな電力も普及していきます。当時は自由競争そして自然淘汰が当然であり、独占資本に疑問が挟まれる余地はありませんでした。その結果ロックフェラーや、鉄鋼王カーネギーをはじめ多くの起業家が出現しました。しかし、行き過ぎた富の偏在と貧困を生み出してことになります。

現在も、IT企業の勃興とともに、巨大IT企業の支配力が高まっています。その結果、富が偏在し、格差が進行することになっています。さらに、異色の共和党大統領であるロナルド・トランプが出現しました。トランプ大統領は、Amazonをはじめ、巨大IT企業への批判を強めています。

以前、アメリカの法体系を説明しました。判例法をとるアメリカでは、裁判所の大きな権限が認められています。

歴史は繰り返すといいます。過去を振り返ることで未来を考えることが大切であると思われます。その時に、考えるのは自分自身で考えることが大切です。もちろん、他人の意見を聞くことは大切です。しかし、鵜呑みのすることは非常に危険です。

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