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【ナポレオン帝国の崩壊】Amazonベゾス不倫の代償 その2

投稿日:2019/2/2 更新日:

前回、離婚したアマゾンのベゾスCEOの今後を検討するためにナポレオンの例を挙げてみました。

フランス革命の混乱から彗星のように出現したナポレオンは、封建制の解放者として人々から圧倒的な支持を得ていきます。そうして、ヨーロッパ全土の支配者となっていくのです。

しかし、封建制の象徴ともいえる皇帝に就任し、次第に圧制者としての姿をあらわにしていきます。

さらに帝国を承継する世継ぎのためにジョセフィーヌと離婚し、封建制の頂点に位置するハプスブルグ家から新皇后のマリールイーズを迎えることとなったのです。

新皇后マリールイーズ

ジョゼフィーヌ

ジョゼフィーヌは離婚後に、バリ郊外マルメゾンの館に移りました。

しばらくは泣き続けていたものの、昔の優しく明るいジョゼフィーヌに戻るのに時間はかかりませんでした。

離婚後もジョゼフィーヌの館には敬意を払う訪問者が後を断つことはなく、毎日のように華やかな夜会が繰り広げられたのです。

しかし、ナポレオンの使っていた部屋だけは違っていました。

ナポレオンが最後に使った時のまま残されていたのです。椅子一つ動かされることなく、机にある読みかけの本も、開かれたままになり、インクのついたペンが転がっていました。ジョゼフィーヌは、それらを『聖物』と呼び、他人が入ることを許さなかったのです。

マリールイーズ

新皇后となったマリールイーズは、幼少時からナポレオンが攻めてくるたびに、ウィーンを逃げ出す生活を余儀なくされていました。そのたびに、悪魔のように残虐な恐ろしい男が攻めてくると聞かされ、怯えて泣き続けていたのした。

それが突然、ナポレオンに嫁入りすることになったのです。マリー ルイーズは泣き続けます。

しかし、政略結婚によって勢力を拡大し繁栄をはかるというのがハプスブルク家の伝統です。王家の娘たちが宿命に逆らえるはずもありません。

怯えていたマリールイーズの前に現れたナポレオンは、悪魔とは程遠い優しい男性でした。

マリールイーズは、後に述べています。

「私はナポレオンを怖いとは思いません。けれど、ナポレオンのほうが私を怖が っているのではないかと感じ始めています。」

冷めたフランス国民

新皇后の誕生に、パリで荘厳な式典が催されました。しかし、華やかさとは裏腹に、フランス国民は式典を冷めた目で見ていました。

『どうして、絶大な人気のあるジョゼフィーヌと離婚するのか。どうして、フランス国民を裏切り続けたマリーアントワネットの故郷オーストリアからから新皇后を迎えるのか。』

国民の心はナポレオンから離れはじめます。

兵士の反発

兵士たちも反発します。ジョゼフィーヌは古参兵からも慕われていました。

『ジョゼフィーヌは皇帝にも我々にも幸運をもたらしてくれた。どうして、そのジョゼフィーヌと離婚し、反革命の権化ともいうべきハプスブルク家から皇后を迎えるのか。今までの革命は何だったのか。戦いで死んいった仲間はどうなるのか。』

多くの兵士の気持ちもナポレオンから離れはじめました。

静まりかえる宮廷内

宮殿内の雰囲気も大きく変わりました。

人当たりのいいジョゼフィーヌは、身分に関係なく誰とも接し、部屋では笑い声が絶えることがありませんでした。

しかし、新皇后マリールイーズは一部の限られた女官しか自室に入ることを許さなかったのです。しかも、その女官に対しても、高慢に対応し、宮殿の中は火の消えたように静まり返っていったのです。

秘密警察の祖 フーシュの暗躍

ジョゼフィーヌのもとには、多くの人脈からさまざまな情報がもとらされてきました。その情報はナポレオンに伝えられ、政策に反映されていきました。

警察長官フーシュですら、ジョゼフィーヌの諜報能力を無視することはできなかったのです。

フーシュとは、政界のカメレオンとも称され、権謀術数の限りを尽くし近代の諜報機関の原型を作り上げた人物です。

ジョゼフィーヌが宮廷から去ったことで、フーシュの暗躍を妨げるものは無くなりました。フーシュはナポレオン没落後をにらんで動き始めていきます。

帝国の崩壊

全盛期のナポレオン戦法

国外でも、ナポレオンの軍事力に陰りがみえてきます。

まず、ナポレオン全盛期の戦い方を見てみましょう。

Youtubeを添付してみます。非常に良くできた動画です。時間のあるときに、見ていただければと思います。

まずは、ウルム戦役です。

次は、名高いアウステルリッツ三帝会戦です。

ハイレバレッジのグロース集中投資のような戦法

ナポレオンの得意とする戦法は、迅速に軍を動かし、敵の弱点を集中的に攻撃することで分断し、各個撃破していく手法です。

しかも、四方を敵に覆われても、それぞれを各個撃破し、勝利を得ていくのです。

しかし、それは天才ナポレオンのみが遂行できる極めてリスクの高い戦法なのです。

投資で言えば、ハイレバレッジをかけて、全力で集中投資を行うグロース投資家や短期投資家のような手法に他なりません。

ナポレオンの集中力を助けたジョゼフィーヌ

そのような手法には、極めて高い集中力が必要です。

ジョゼフィーヌは、ナポレオンの心の動きを的確のよみとり、快適に過ごせるように細かく気を配っていました。驚異的な集中力の源泉にはジョゼフィーヌの存在があったことは疑いありません。

マリールイーズにより劣化するナポレオンの戦争遂行能力

逆に、マリールイーズは、ナポレオンに気を使わせる妻でした。

あるときに、ナポレオンが寒いといって暖炉に薪をくべさせると、マリールイーズは熱いといって窓をあけさせました。

また、戦争に行くときも、マリールイーズが『行かないで』というと出発を延期すらしたのです。

そのようにして、ナポレオンの集中力は次第に衰えていきます。

『最後がゼロをかければゼロ』

バフェットは言います。『最後がゼロをかければゼロ』

リスクの高い手法は、ゼロとなるリスクが少なくありません。ナポレオンにもゼロとなる時がやってきたのです。

大陸封鎖令により疲弊するロシア、プロシア

陸戦では無敵であったナポレオンも、海軍の知識はなく、海を越えたイギリスに上陸することはできませんでした。

そのために、大陸封鎖令を出していきます。大陸封鎖令とは、ヨーロッパ大陸のイギリスとの貿易を禁じることで、イギリスに打撃を与えようとするものです。

しかし、プロシア、ロシアのようなイギリスとの交易のさかんな国の方が深刻な打撃を受けることとなったのです。

ロシア遠征

ロシアは、1810年大陸封鎖令を破ってイギリスとの貿易 を再開します。ナポレオンは大陸封鎖令に従うように警告を繰り返しますが、ロシアは無視しました。

1812年5月、ナポレオンはロシア遠征を開始します。

大陸軍と名付けられたナポレオンの兵力は60万人。
一方ロシア軍は16万に過ぎません。

劣勢のロシアはできるだけ兵力を温存し、戦わずして敵を弱体化させること戦略をとっていきます。

現地調達

ナポレオン軍が迅速に移動できる理由の一つに現地調達がありました。

多くの市民は初めのうちはナポレオン軍を解放者として熱烈に歓迎しました。そうして、多くの物資を提供したのです。

しかし、あいつぐ戦乱により、現地での物資の提供は滞ってきます。そのために、現地調達は、強制へと変わっていきます。つまり略奪です。そうして、ナポレオン軍が通過した町には、略奪による荒廃が広がることになっていったのです。

バリュー投資にも通じる安全域を重視したロシアの戦略

ナポレオン軍と正面から戦うことは困難であるロシアは、戦うことなく撤退を続けていきます。その際に、ナポレオン軍が物資を奪う前に村を焼き払い、現地調達を妨害していくのです。

ロシアの広大な領土を安全域としたバリュー投資の手法といっていいかもしれません。勝つことが目的ではなく、負けないことを主眼としたのです。

モスクワ炎上

物資の不足から、ナポレオン軍に脱落兵が続出します。

ようやくモスクワ郊外のボロディノに到達したころにはナポレオン軍は15万に減っていました。

ボロディノの会戦で辛勝したナポレオンはナポレオン軍は、モスクワに入場します。長い歴史をもつギリシャ正教の聖地であるモスクワ。そこには、クレムリン宮殿のドームやヴァシリー寺院をもつ夢のような美しい街でした。しばらくは勝利の歓喜に包まれます。

しかし、すぐに血の気が引くことになります。

モスクワには全く人影をみかけないのです。民家にも人影はなく、穀物をはじめとする物資も持ち去られた後だったのです。

その日、ロシア軍の放った火によりモスクワでは炎に包まれます。3日間続いた火災で、木造建築が大半を占めたモスクワの街は灰燼と化しました。街の大半が焼失し、食糧や宿舎の確保すら困難となります。しかし、ロシアの旧首都を占領したことは ナポレオンにとっては勝利ともいえます。ナポレオンは、ペテルブルクのロシア皇帝に降伏勧告の文書を送り外交交渉をこころみました。しかし、ロシア皇帝は無視しつづけます。

モスクワに待機し続けて1カ月経った10月13日、モスクワ に初雪が降ったのです。初夏に遠征を開始したフランス軍は、冬の装備を持っていませんでした。ようやくナポレオンはロシアの戦略を理解しました。ロシアの冬の寒さと、食料不足で補給を枯渇させ、軍を全滅させることが目的だったのです。

ナポレオン軍崩壊

モスクワ占領を継続できないと判断したナポレオンは、即座に退却を命じました。大陸軍が退却をはじめると、ロシア軍が現れて追撃を開始しました。ナポレオン軍が退却する河川の橋は破壊され、足止めを食らったナポレオン軍に容赦なくロシア軍が襲いかかります。

マイナス26度にまで下がり、生き残った兵士は仲間が死ぬと競ってその衣服をはぎ取って身にまといました。馬が死ぬと、肉だけでなく、内蔵まで奪い合いながら食べていきました。その肉を争い、兵士の間で殺し合いさえおきたのです。

12月10日、フランス軍が故郷に戻ったときは、わずか軍隊は5000人になっていました。 史上最強の大陸軍は、ロシアの雪の中に消滅したのです。

1814年、ナポレオンの支配下であったオーストリア、プロシアのヨーロッパ連合軍は立ち上がります。そうして、パリは陥落し、ナポレオンは降伏します。

ジョゼフィーヌの死

ナポレオンは皇帝を退位し、エルバ島に流されました。皇后マリールイーズは、ハプスブルク家のウィーンに戻されていきます。

ナポレオンがエルバ島に流されてから、ジョゼフィーヌは急激に生命力を失っていきます。そうして、肺炎をこじらせて、パリ郊外のマルメゾンで亡くなったのです。最後の言葉は『ポナバルト』でした。

ナポレオンは、エルバ島でジョゼフィーヌの死を知ることになります。手紙を受け取ると、無言で部屋に入り、何日も閉じこったまま出てこなかったのです。

ナポレオン復活と敗北

フランスにはルイ18世が戻りブルボン王朝が復活しました。しかし、無能で傲慢な王に国民は失望し、ナポレオン時代を懐かしがってきます。その情勢をみて、ナポレオンは側近とエルバ島を脱出し、フランスに上陸し再び帝位についたのです。

パリに入場したナポレオンは、ジョゼフィーヌを看取った医師をチュイルリー宮殿に呼び尋ねました。

『ジョゼフィーヌが悲しんでいたといったが、なにゆえの悲しみなのだ?』
『陛下の境遇のためでございます。』
『それでは、ジョゼフィーヌは私の話をしていたのか?』
『しょっちゅう。いつもいつもでございました』

ナポレオンは大粒の涙をこぼし、ふこうともしませんでした。

ジョゼフィーヌが住んでいたメルメゾンに向かいます。メルメゾンの館では思い出が激流のようにこみあげてきました。ジョゼフィーヌの寝室に飛び込むと、ベットにしがみつき何時間も泣き続けたのです。

ナポレオンは、ワーテルローでヨーロッパ連合国に大敗します。次は、大西洋の孤島セントヘレナ島に幽閉されました。

6年後、ナポレオンはセントヘレナ島で亡くなります。51歳でした。『フランス、軍隊』と発したのち『ジョゼフィーヌ』と言って息を引き取ったのです。

Amazonの今後

ブルームバーグでのインタビュー

去年AmazonベゾスCEOのインタビューが報道されました。(2018年10月3日ブルームバーグ)

内容を簡単にまとめてみましょう。

『エグゼクティブの仕事は、最良の決断をすることです。
大量の決断を下す仕事ではありません。
1日に3つも良い決断ができれば十分です。
そのために、家族とゆっくり過ごす時間と、十分な睡眠が不可欠なのです。』

しかし、インタビューの時期にも不倫は進行していたのです。

資産目的の女性と不倫することで質の高い決断ができるのでしょうか。
質の高い決断ができなくなり崩壊したナポレオン帝国の二の舞にはならないでしょうか。

今後のAmazonが注目されます。

トランプ大統領のツイート

トランブ大統領は皮肉を込めて、
『幸運を祈る』
とツイートしました。

おそらくベゾス氏の心境はこうだったでしょう。
『お前が言うな』

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