投資家紹介

私たちがお手本とする個人投資家 その1『アンネ・シャイバー』

投稿日:2018/2/2 更新日:

これから私たちが目標とする個人投資家を紹介していきます。

投資家としては、バフェット氏やジョージ・ソロス氏が著名ですね。しかし、彼らは事業として投資会社を設立し、世界有数の富豪となっている人たちです。

私たちと同じ一般の職につきながら地道に資産を増やした投資家の方がより参考になるのではないでしょうか。今回、そのような私たちにとって等身大の投資家を紹介したいと思います。

女性投資家 アンネ・シャイバー

まず、アンネ・シャイバー(1894〜1995年)という女性投資家を紹介します。彼女が1995年に101歳で亡くなったときの資産は2215万ドル(22億円)にものぼりました。その資産の大半は、ユダヤ系アメリカ人であったアンネの遺言によってユダヤ系の教育機関と大学に寄付されることなったのです。

アンネの資産は、すべて自力で築き上げたもので相続資産はほとんどありません。むしろ、40歳のときにすべての資産を失ったところから再スタートしています。そのよう巨大な資産をどのようにして築き上げたのでしょうか。

アンネの生い立ち

アンネは小学校を卒業後、15歳で商店に就職し、勤勉さから店主から信頼をえるようになりました。その給与はお洒落や遊びには一切使わないで夜学の学資にあてます。夜学で法律と会計を学んだのち、26歳の時ニューヨークの税務署に入り税務調査官になりました。

彼女は調査に行くと帳簿をぱらぱらめくって
「この帳簿の数字が正しいというのですか。 一目見ただけでウソとわかりますよ。明日また来ますのでその時は本当の帳簿を見せてください。」
と言い残して帰るのでした。

会社の人はふるえあり、いつしか 恐怖のシャイバー女史と呼ばれるようになりました。そして、ニューヨークの税務調査官でもトップの実績をあげることになったのです。

しかし、アンネは40歳で資産のすべてを失ってしいました。アンネの末弟がウオール街の株式仲買人になり、アンネは弟に投資をまかせました。ところが弟は投資に失敗してアンネは全財産を一瞬で失くしてしまったのです。

アンネの資産運用

アンネは再びゼロから資産形成をはじめることになりました。税務署の薄給からアンネは生活費をきりつめ、バスにも地下鉄にも乗らず、すり切れるまで同じ服を着ていたのです。 さらに、食事も減らして節約に節約を重ねました。

その切り詰めた生活のなかで、貯まった資金を毎月少額ずつ株式に投資をし続けました。投資するのは、ヘルスケアや清涼飲料水、映画・娯楽等の生活に密着した大型株銘柄が大半でした。 逆に、重工業株やハイテク株にはほとんど興味を示さなかったのです。

アンネは、一度買った株は、どれだけ上がっても、どれだけ下がっても手放すことはありませんでした。 株価は市場によって過大評価されたり過小評価されたりします。アンネはそれに踊らされることを最も警戒しました。税務調査で決算書をよんできた経験がものを言い、株価に踊らされることなく利益を生み出す企業の力を判断できたのです。その保有した株の配当は、再度株や債権に投資しました。

株主総会には必ず黒帽子黒コートの魔女スタイルで出席して会場に用意された無料のケーキ、スナック、チーズなどを袋に詰めて帰るのを楽しみにしていました。 恋愛、結婚、家庭とは縁なく、株式投資だけ恋人にした人生でした。

アンネ最後の株式投資

ハイテク株には興味のないアンネでした。しかし、1985年に設立10年に満たない新興ハイテク企業の株を買うことになりました。それが、アンネにとって最後の株式投資でした。

その最後に買った株は、アンネの死後急激な値上がりをすることになります。

その急激に値上がりした株とは、

あのアップル株だったのです。

アンネは、今後ITが生活に密着するようになることを感じていたのかも知れませんね。

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